一生に一度でいいから見てみたかった宝石 後編

 前編があるということは、当然ながら後編もあるわけで――
 今回は、「一生に一度でいいから見てみたかった宝石 前編」の続きとなります。まずは前回のあらすじから。
 私には、小さい頃から「一生に一度はこの目で見てみたい」と思い続けていた宝石がふたつあります。
 一つは、ロンドン塔に展示されている「カリナンダイヤモンド」。そしてもう一つが、アメリカ・ワシントンDCのスミソニアン国立自然史博物館に展示されている「ホープダイヤモンド」です。

 前編では、ロンドンでカリナンダイヤモンドを実際に鑑賞し、その後ブラジルへと向かったところまでを綴りました。ブラジルでの鉱山見学や、現地での鉱山開発準備に関するお話については、別記事で詳しくご紹介しておりますので、よろしければそちらもぜひご覧ください。

日本に帰ろう、でもその前に

 この時は、二度目のブラジル鉱山現地調査の旅でした。ミナスジェライス州の鉱山を巡り、さらにパライバ州の鉱山も訪問。中央宝石研究所の北脇博士や、国立科学博物館の門馬博士も同行されていたこともあり、非常に学びの多い、そして充実した内容となりました。

 しかし、私たちの鉱山に関しては少々問題が発生し、思うように作業が進まない場面も。まぁ、ここは日本の真裏、ブラジル。そう簡単に物事がスムーズに運ばないのも想定内です。

 加えて、同行メンバーの多くが食あたりに見舞われ、体調はほぼ全滅状態。さらには、あるメンバーのキャリーケースが一週間以上ロストバゲージというおまけ付き。南米はやはり、ロストバゲージ率がなかなか高い……。

 今回も、例によってトラブル続きの旅ではありましたが、それでも全行程のタスクはなんとか無事に完了。ほとんどのメンバーは先に帰国し、私はもう一人と残りの作業を終えてから、いよいよ復路へ。
 ここからは気楽な一人旅。ジョアンペソアからサンパウロ、そしてニューヨークへと飛びました。

 確か、ニューヨークを訪れるのはこれが初めてだったと思います。
 私は比較的、世界中いろいろな国を旅していまして、これまでに回った国は40ヵ国以上。アメリカ自体は初めてではないのですが、ニューヨークにはこれまで縁がありませんでした。正直な感想を言うと、夜の街の空気はかなり独特で、治安も少々不安を覚えました。
 これまで訪れた国々の中でも、夜の緊張感という意味ではかなり上位に入るかもしれません。

 ニューヨークから飛行機を乗り継ぎ、次にやってきたのはワシントンDC。
 桜が満開の時期で、まさに見頃。日本の桜も美しいですが、ここDCの桜もそれに負けないほどの絶景です。
 滞在中は、効率よく観光するために電動スクーターを利用しました。周辺の名所を次々と回りながら、春の風を感じる爽快な移動。リンカーン記念堂やワシントン記念塔、ホワイトハウスにスミソニアン博物館群まで、しっかり満喫できました。

いざスミソニアン国立自然史博物館へ

 そしてついに、夢にまで見たスミソニアン国立自然史博物館に到着しました!
 長年思い描いてきたこの瞬間。目指すは、あの伝説のブルーダイヤモンド。
「ホープダイヤモンド」まで、あと少しです。

 こちらは映画「ナイト・ミュージアム2」でもおなじみ、スミソニアン国立自然史博物館のインフォメーションです。
 まさか自分が実際にここを訪れる日が来るとは思いませんでしたが、こうして本当に足を踏み入れてみると感慨もひとしおです。
 まさに知的冒険が始まる入口、といった雰囲気。気分が高まってきます!

 こちらはスミソニアン博物館に展示されている、素晴らしい色と品質のパライバトルマリン。
 その輝きを前に、ただ美しいというだけでなく、胸の奥が熱くなるような感覚を覚えます。
 いつか私たちの鉱山からも、この地にふさわしいパライバが産出され、ここに展示される日が来るかもしれません。
 そう思うと、今取り組んでいることが夢物語ではなく、確かに未来につながっているのだと実感します。

 こちらはスミソニアン博物館に展示されている、世界最大級のファセットカットを施されたスリランカ産サファイア──その名も「ローガンサファイア」。
 なんと驚異の423ct。静かに佇んでいるのに、その存在感は圧倒的です。宝石というより、もはや伝説そのもの。

 こちらは95.6ctという驚異のビルマ産サファイアを主石にした、カルティエ社によるプラチナネックレス。
 深いブルーに吸い込まれそうなサファイアと、周囲を彩る312個のダイヤモンド──まさにため息が出るほどの美しさです。
 このネックレスは、寄贈者の名を冠して「ビスマルクサファイア」と呼ばれています。

 こちらは、ハリー・ウィンストン社製のサファイアネックレス。
 スリランカ産のサファイア36石、合計195ctという贅沢な組み合わせ。
 その青を引き立てるように、435個、合計84ctのダイヤモンドが惜しみなくセッティングされています。
 優雅で洗練されたデザインの中に、サファイアの気品と力強さが際立ちます。

 カルティエによる、アールデコスタイルのインディアンエメラルドネックレス。
 特徴的なのは、24個のエメラルドドロップがサイズグラデーションを描きながら連なり、それぞれに繊細なエメラルドビーズがあしらわれている点です。

 こちらの指輪もカルティエ製。「マクシミリアン・エメラルドリング」と呼ばれる歴史的な逸品です。
 セットされているエメラルドは、かつてメキシコ皇帝フェルナンド・マクシミリアン・ヨーゼフが実際に身につけていたもの。
 遠い歴史の中を旅してきた宝石が、カルティエの洗練されたデザインによって再び現代に蘇り、静かにその物語を語りかけてくるようです。

 こちらは「ホープダイヤモンド」のおよそ3分の2の大きさを誇る、“ブルーハートダイヤモンド”のリング。
 鮮やかなブルーのハートシェイプが印象的で、その名の通り見る者の心を射抜きます。
 ハリー・ウィンストンによって仕立てられました。

 こちらは「オッペンハイマーダイヤモンド」。
 南アフリカ・キンバリーのDutoitspan鉱山から産出された、253.7ctという圧倒的なサイズを誇る原石です。
 最大の驚きは、その大きさもさることながら、あえてカットされることなく原石のままの姿を保っているという点。
 まさに、地球が生み出した奇跡をそのまま閉じ込めたような、特別な存在です。

 さすがはスミソニアン国立自然史博物館。世界的に有名な宝石の数々が展示されており、その圧巻のコレクションにはただただ驚かされるばかりです。
 ここで全てをご紹介するのは到底かないませんが、宝石を愛する方にとっては、まさに夢のような空間です。

 ついに、長年待ち望んでいたホープダイヤモンドとご対面です。
 これまで何度も画像や写真で見てきたあの青い輝き、実物はいかに?

 こちらが、ついにご対面を果たしたホープダイヤモンドです。
 その名は、宝石好きにとってだけでなく、数々の物語や映画にも登場する「呪いの宝石」としても広く知られています。

 持ち主を次々と破滅へと導き、人手を転々としながら世を渡り歩いたという伝説は、確かに興味をそそるものですが、実際にはその多くが後年に脚色された逸話だとされています。
 それでも、深く沈んだ青の中にどこか人を寄せ付けないような冷たい光があり、そういった伝説に真実味を持たせてしまう、不思議な力を感じさせます。

夢がかなった、その先へ

 とりあえず、またひとつ夢を叶えることができました。
 スミソニアン国立自然史博物館は、その展示物の規模・質ともに期待をはるかに超えるもので、宝石好きとしては感無量です。
 今回ご紹介した宝石以外にも、もちろん数え切れないほどのジュエリーや原石が展示されており、ただ「宝石を見る」という体験を超えて、自分の人生においてひとつの大きな糧を得たような気がします。

 この旅の締めくくりには、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートと、メトロポリタン美術館を訪れ、今度は芸術の世界にどっぷりと浸りました。こうして、私の「一生に一度見たかった宝石を巡る旅」は幕を下ろし、帰国の途へ。でもきっと、この旅で得た感動は、これからの活動や人生に、静かに、でも確かに影響を与えてくれることでしょう。